Tweet北海道史・古代〜現代の総合概要 北海道1500年の歴史を「自然史 →アイヌ史 →和人史 →近代化 →戦後 →現代」の流れで体系化する。
●一般的だけど、学校では絶対に教えない歴史の勉強 全世代向け歴史●

       
◆第1章 自然史:〜紀元前
北海道の歴史は、人間の登場よりはるか以前、 氷河と火山の時代 から始まる。

●氷河の時代
・約2万年前、北海道は氷期の影響を強く受けた。
・大雪山・知床・日高山脈は氷河によって削られ、現在の険しい山容が形成された。
・オホーツク海は氷に覆われ、流氷文化の基盤となる。

●火山の時代
有珠山・樽前山・十勝岳・雌阿寒岳など、活火山が多数存在。
火山活動は、洞爺湖 支笏湖 阿寒湖 などのカルデラ湖を形成し、北海道の自然景観を決定づけた。

●縄文以前の自然
・広大な原生林
・サケ・マスが遡上する河川
・エゾシカ・ヒグマが生息する森
・海産資源が豊富な沿岸 これらが、後のアイヌ文化の基盤となる。
北海道は、 「自然が文化を規定した土地」 である。

◆第2章古代:紀元前〜13世紀

北海道の古代文化は、本州とは異なる独自の発展を遂げた。

●縄文文化(〜紀元前)
・狩猟・採集中心
・土器文化が発展
・本州と交流しつつも独自性が強い

●続縄文文化(紀元前〜7世紀)
・北海道独自の文化圏が成立
・狩猟・漁労が中心
・本州の弥生文化とは異なる発展

●擦文文化(7〜12世紀)
・アイヌ文化の前段階
・土器文化が衰退し、鉄器が普及
・本州との交易が増加
・狩猟・漁労・交易が生活の中心となる
この時期、北海道は 「本州とは異なる文化圏」 として確立していく。

◆第3章中世(13〜16世紀)

13世紀頃、 アイヌ文化が成立 する。
●アイヌ文化の特徴
・狩猟・漁労・採集中心
・コタン(集落)ごとの共同体
・カムイ(神)への祈り
・儀礼・工芸・刺繍文化
・サケ・マス漁と海獣猟
・交易による広域ネットワーク

●交易の広がり
・北は樺太・アムール
・東は千島
・南は本州
・西はロシア沿岸 アイヌは、 北東アジアの交易ネットワークの中心 だった。

●和人との接触
15世紀以降、和人が渡島半島に進出し、アイヌとの交易が始まる。

しかし、 1457年:コシャマインの戦い は、和人の進出に対するアイヌの抵抗として記録される。
北海道は、 「アイヌ文化と和人文化が接触する境界空間」 となった。

◆第4章(17〜19世紀前半)
近世
1600年代、松前藩が成立し、 北海道は「蝦夷地」と呼ばれるようになる。

●松前藩の特徴
・アイヌとの交易を独占
・米の代わりに海産物を年貢とする
・和人の定住は限定的
・商人による「場所請負制」が発展

●アイヌ社会の変化
・交易依存の増加
・資源採取の強制
・不公平な物資交換
・領域への侵入
・社会構造の変化

●最大の抵抗
1669〜1672年:シャクシャインの戦い アイヌ史最大の抵抗運動であり、 松前藩の交易支配に対する広域的反乱だった。
北海道は、 「交易と支配の構造が強まる時代」 へと移行する。

◆第5章(19世紀前半〜1868)
幕末
19世紀、ロシア帝国が北方へ進出し、 蝦夷地は国防上の最前線となる。

●幕府の施策
・箱館奉行の強化
・和人の移住奨励
・農地開発の試行
・兵士の配置
・樺太・千島の調査
北海道は、 「国家が本格的に関与する土地」 となる。

◆第6章明治(1869〜1882)
1869年、明治政府は 開拓使 を設置し、北海道開拓を国家事業として開始する。

●開拓使の目的
・北方防衛
・農業開発
・産業育成
・都市建設
・交通整備
・アイヌ政策(同化政策)

●札幌本府建設
・碁盤目状の都市計画
・大通公園の防火帯
・官庁街の整備
・札幌農学校(北大)の設立
・外国人技術者の招へい
札幌は、 「日本で最も成功した計画都市」 として誕生した。

●屯田兵制度(1874〜)
・半軍半農の開拓者
・道央・道北の村を形成
・家族の労働が極めて重要
北海道は、 「国家がゼロから都市と農地をつくる空間」 となった。

◆第7章近代(1880〜1945)
開拓使廃止後、北海道は 産業化と都市化 の時代へ入る。

●炭鉱の発展
・幌内炭鉱
・夕張・美唄・赤平・芦別
・空知炭田が日本最大の産出量
・鉄道建設の燃料
・炭鉱町の形成

●漁業の発展
・ニシン漁の黄金期
・沿岸集落の繁栄
・北前船文化の継続

●林業・製紙
・王子製紙の発展
・苫小牧工業地帯の形成

●都市の発展
・札幌:行政都市
・函館:国際港湾都市
・小樽:商業都市
・旭川:軍都・内陸交通の中心
・釧路:漁業都市
・帯広:農業都市
北海道は、 「産業と都市が同時に成長する近代空間」 となった。

◆第8章戦後:(1945〜1980)
戦後、北海道は 日本再建の食糧基地 として重要な役割を果たす。

●戦後開拓(新規入植)
・引揚者・復員兵が入植
・道東・道北の開拓が進む
・過酷な生活
・農地改革で自作農へ

●農業の発展
・十勝の大規模畑作
・北見のてん菜・豆類
・酪農の発展(根釧・十勝)
・農業機械化

●炭鉱の衰退
・石油への転換
・夕張新炭鉱事故(1981)
・炭鉱町の消滅
・夕張市の財政破綻(2007)
北海道は、 「農業の大地へと再編される時代」 となる。

◆第9章現代(1980〜2020)
1980年代以降、北海道は 観光・国際化・エネルギー の時代へ入る。

●観光の発展
・ニセコの国際リゾート化
・旭山動物園の成功
・函館の夜景
・富良野・美瑛の景
・道東の自然観光(知床・摩周湖)

●都市再生
・札幌の再開発
・函館・旭川・釧路の都市再生
・地方都市の人口減少対策

●エネルギー
・風力・太陽光・地熱の拡大
・北海道電力の送電網強化
・再生可能エネルギー基地化
北海道は、 「自然・都市・国際化が交差する現代空間」 となった。

◆第10章未来(2020〜)
・人口減少
・過疎化
・産業構造の転換 という課題を抱える。
しかし同時に、
・スマート農業
・国際観光
・エネルギー基地化
・食産業の高度化
・自然との共生モデル など、未来への可能性も大きい。
北海道は、 「自然・文化・産業を融合した新しい地域モデル」 として世界的注目を集めている。

◆総括:北海道史“重層構造”
北海道の歴史は、
自然史
アイヌ史
和人史
国家開拓史
産業史
都市史
農業史
戦後史
現代史
が重層的に重なった巨大な歴史空間である。

北海道を理解することは、
日本の歴史を「周縁」からではなく「中心」から理解すること」 に等しい。
 ・

**北海道史・古代〜現代の総合概要
—“北の大地は、自然・民族・国家・産業・都市が重層的に重なった歴史空間である”**

◆第8章 戦後:開拓・農業・高度成長(1945〜1980)
戦後、北海道は 日本再建の食糧基地 として重要な役割を果たす。

●戦後開拓(新規入植)
・引揚者・復員兵が入植
・道東・道北の開拓が進む
・過酷な生活
・農地改革で自作農へ

●農業の発展
・十勝の大規模畑作
・北見のてん菜・豆類
・酪農の発展(根釧・十勝)
・農業機械化

●炭鉱の衰退
・石油への転換
・夕張新炭鉱事故(1981)
・炭鉱町の消滅
・夕張市の財政破綻(2007)
北海道は、 「農業の大地へと再編される時代」 となる。
 


●戦後開拓(新規入植)
・引揚者・復員兵が入植

戦後、北海道の戦後開拓では、食料増産と失業対策を目的に、多くの引揚者や復員兵が未開地への入植を行いました。 [1, 2]
北海道の戦後開拓と引揚者・復員兵の背景
  • 目的と計画: 1945年10月、北海道庁は「北海道戦後開拓実施要領」を策定し、同年11月には政府が緊急開拓5カ年計画をスタートさせました。深刻な食糧難の解消と、復員軍人・引揚者などの失業対策・社会不安防止が急務とされました。 [1, 2]
  • 入植の実態: 樺太や満州(満蒙開拓団など)、千島などからの引揚者や、本土へ復員した兵士たちが、道内各地(十勝や釧路、上富良野など)の原野や不毛の土地に入植しました。 [1, 2, 3, 4, 5]
  • 過酷な苦難: 寒冷な気候やインフラの未整備、飢えと戦いながらの抜根・開墾作業は筆舌に尽くしがたいものでしたが、その後の農村形成の基礎となりました。 [1, 2]

樺太からの引揚者と戦後北海道 | 北海道大学出版会戦後開拓発祥之地 - 発祥の地コレクション

・道東・道北の開拓が進む

北海道の道東(釧路・北見など)や道北(上川・留萌など)の開拓は、明治時代以降に本格化しました。まず道央や道南に入った移住者が、のちに道東や道北へ移動して進められました。 [1, 2, 3]
道東・道北の開拓の主な特徴
  • 屯田兵の入植:北方警備(ロシアへの備え)と開拓を兼ねて、明治20〜30年代に釧路や北見などへ屯田兵が入植しました。
  • 厳しい自然環境:道東や道北は深い森林や湿地に囲まれており、開拓は非常に困難を極めました。
  • 殖民軌道(しょみんきどう):大正13年(1924年)頃から、集落と農村・酪農地帯を結ぶために簡便な「殖民軌道」が敷設され、物資や人の移動を支えました。
  • アイヌ民族との協力:開拓期には、現地のアイヌの人々による協力や助け合いが行われました。 [1, 2, 3, 4]

特別企画展「十勝開拓日記−史料が語る近代−」【帯広百年記念館】 | 集まれ!北海道の学芸員殖民軌道」が運んだ北海道開拓の精神 - 日本経済新聞

・過酷な生活

戦後の北海道における開拓生活は、食料増産と引揚者・戦災者の救済を目的に国策として進められたものの、支給やインフラが極めて乏しく、想像を絶する過酷なものでした。 [1, 2]
戦後開拓の過酷な現実
  • 不毛な原野への入植:水も電気もない未開の原野や泥炭地に入植させられ、農業に適さない土地の開墾から始めなければならなりませんでした。
  • 粗末な住まい:家や建物はなく、木の枝や茅(かや)を組み合わせただけの「掘っ立て小屋」や「開拓小屋」で、厳しい寒さや雪をしのぎました。
  • 極度の飢えと貧困:国からの支援や食料の支給は不十分で、満足な収穫が得られないまま栄養失調や病気に苦しむ人々が続出しました。
  • 挫折と離散:過酷な労働と飢えに耐え切れず、志半ばで開拓地を放棄して離散せざるを得なかった世帯も少なくありません。 [1, 2, 3, 4, 5]
樺戸郡や十勝、石狩など道内各地の原野に入植した人々(拓北農兵隊や満州からの引き揚げ者など)の苦闘の歴史は、各地の郷土資料や証言集などで語り継がれています。 [1, 2, 3, 4]
焦土逃れ、裏切られた入植者 太平洋戦争末期〜戦後、都市部から一家で北海道へ:中日新聞Web

・農地改革で自作農へ
戦後直後の北海道開拓は、満州からの引き揚げ者や本土の戦災難民らが食料増産のために原野へ入り、衣食住の足りない極限の環境と重労働に耐えた「過酷な生活」の歴史でした。 [1, 2, 3]
過酷な生活の実態
  • 粗末な住居: 住宅や資材が不足し、草や土を合わせただけの「掘っ立て小屋」や「開拓小屋」での生活から始まりました。
  • 飢えと貧困: 当初国から約束された食料や資金の支援は十分に届かず、雑穀を食べて飢えをしのぎながら農地を切り拓く日々でした。
  • 未開の原野: 大きな機械もない中、クワやスコップなどの手作業で泥土や密林を耕し、寒冷な気候や泥炭地などの悪条件と闘いました。
  • 挫折と離散: 想像を絶する過酷さから、志半ばで土地を捨てて開拓地を離れざるを得なかった人々も数多くいました。 [1, 2, 3, 4, 5, 6]
当時の壮絶な体験や苦闘の歴史は、日本経済新聞の記事や中日新聞の記事などで詳しく伝えられています。
変わる農業と国土 - 国土の基盤づくりの歴史 - 国土と人々 - 大地への刻印 - 水土の礎

●農業の発展
・十勝の大規模畑作
十勝地方の畑作は、1戸あたりの経営耕地面積が約49.4ヘクタールと全国平均の約12〜13倍に達する、日本最大規模の機械化・スマート農業地帯です。 [1, 2]
十勝の大規模畑作の特徴
  • 圧倒的な規模: 1戸あたりの面積は東京ドーム約10個分以上に相当し、トラクターやコンバインによる効率的な作業が行われています。 [1, 2]
  • 畑作4品中心の輪作: 小麦、大豆などの豆類、てん菜(ビート)、馬鈴薯(じゃがいも)の「畑作4品」を毎年ローテーションで育てる輪作体系が主流です。 [1, 2]
  • 自然環境と土壌: 火山灰土で水はけが良く稲作に向かない土地柄を活かし、寒冷な気候に強い畑作が発展しました。 [1]
  • スマート農業の導入: 人手不足を解消するため、センサーや活動量計、GPS自動操舵トラクターなどを活用した見える化と省力化が進んでいます。 [1, 2]
SODANE - 北海道十勝の畑では様々な作物が芽吹きの季節!緑肥の漉き込みや培土の工夫やいかに!?

・北見のてん菜・豆類

北海道北見市(オホーツク地方)は、日本有数の農業地帯であり、てん菜(ビート)や豆類は、小麦・じゃがいもと並ぶ「畑作4品目」として、地域の輪作体系(3〜4年周期での作付け)を支える非常に重要な基幹作物です。 [1, 2]
日照時間が長く、昼夜の寒暖差が大きい北見特有の気候が、これらの作物の栄養と甘みを豊かに育んでいます。 [1, 2]
砂糖の原料「てんさい」の様子 - JAきたみらい
1. 北見のてん菜(ビート / 砂糖大根)
てん菜は、国内では北海道だけで栽培されている砂糖の原料です。北見市を含むオホーツク地方は、十勝地方と並ぶ二大産地となっています。 [1, 2]
  • 歴史的役割: 北見市常呂町(旧常呂町)は、春にビニールハウスで苗を育ててから畑に植える「甜菜紙筒栽培(ペーパーポット)発祥之地」として知られています。この技術により、寒冷地での収量と品質が飛躍的に安定しました。 [1, 2]
  • 生産サイクル: 3月頃から種まき・育苗が始まり、5月に移植、10月下旬〜12月上旬にかけて一斉に収穫されます。 [1]
  • 地域での加工: 収穫されたてん菜は、近隣の美幌町などにある製糖工場へ運ばれ、まろやかなコクが特徴の「てんさい糖(砂糖)」やオリゴ糖などに加工されます。 [1, 2]
北海道だけの作物?甜菜(てんさい・ビート)ってなに? | 北海道そらマガジン
2. 北見の豆類
北見市は多種多様な高級豆・実用豆の産地であり、地域の特産品としても広く知られています。 [1, 2]
  • 白花豆(しろはなまめ): 特に北見市留辺蘂町(旧留辺蘂町)は白花豆の生産量日本一を誇ります。高級和菓子の白あん(白餡)や高級甘納豆「白花美人」の原料として非常に高く評価されています。 [1, 2]
  • 小豆(あずき): きたみらいブランドの「紅凛(くりん)」や「きたろまん」などが有名です。近年は全国的な国産小豆の供給不足に伴い、オホーツクエリアでの作付面積や生産体制(オホーツクビーンズファクトリーの稼働など)が強化されています。 [1]
  • 大豆・その他: 豆腐の加工適性が高い大豆「ユキホマレ」や「ゆきぴりか」、さらには「紫花豆(むらさきはなまめ)」や「大正金時(たいしょうきんとき)」なども広く栽培されています。 [1, 2, 3, 4]
豆類・小麦・てん菜 | JA士幌町
3. 北見銘菓・特産品への応用
これらは加工され、北見の定番お土産や日常の味として愛されています。
  • ハッカ樹氷 / はっか豆: 北見名産のハッカ糖を大正金時豆や大豆にコーティングした爽やかな豆菓子です。
  • 白花豆スイーツ: 日本一の白花豆を使ったムースやコロッケ、プリンなど、地元飲食店でのメニュー開発も盛んです。
北見のお土産のおすすめTOP20! | 北海道観光ガイドお変わり北見 | 北見MYLOVE 北海道北見市 観光グルメスポット オフィシャル WEBサイト

・酪農の発展(根釧・十勝)
根釧・十勝地方の酪農は、冷涼な気候と広大な土地を活かして日本最大の生乳生産基盤へと発展しました。 [1, 2]
根釧・十勝の酪農発展の歩み
  • 歴史的背景:明治時代、根室の東梅牧場開設や開拓使による近代畜産の導入が基礎となりました。戦前は馬の生産が中心でしたが、戦後の機械化に伴い乳牛の飼育へ転換されました。 [1, 2]
  • 根釧パイロットファーム(1955年〜):世界銀行からの融資や大型機械を導入し、根釧台地で大規模な近代化・入植事業が推進されました。 [1, 2]
  • 十勝の発展:十勝平野は畑作と酪農が一体となった一大農業地帯として発展し、昭和42年には農民資本による乳業会社(北海道協同乳業)が設立されるなど組織的な基盤が作られました。 [1, 2, 3]
  • 規模拡大と近代化:昭和48年以降の新酪農村建設事業などを経て大規模化が進み、現在では道内および全国の生乳生産を牽引する中核地帯となっています。 [1, 2, 3]
各地域の気候・風土の特徴
  • 根釧地域:夏に発生する冷涼な海霧や厳しい寒さで大規模な畑作が難しいため、牛が好む気候を活かした草地酪農が中心です。道内第1位の生乳生産量を誇ります。
  • 十勝地域:広大な農地を活かした飼料作物の栽培や畑作との複合経営が盛んで、高い生産ポテンシャルを持っています。
北海道の酪農を知る。日本No.1の酪農王国で働くための基礎知識|酪農を知る|酪農転職、田舎暮らし情報のNOBELS WAVE

・農業機械化
農業の機械化とは、人力や畜力に頼っていた農作業を機械力に置き換え、労働生産性を高めて生産コストの削減や省力化図る取り組みです。 [1, 2]
農業機械化の歴史と目的
  • 歴史の始まり:大正初め頃に石油発動機が導入され、脱穀や揚水などに使われました。戦後の食糧難や高度経済成長期の労働不足を背景に急速に進展しました。
  • 主な目的:作業の省力化、労働負担の軽減、農産物の低コスト化と高品質化です。 [1, 2, 3]
近年の動向とスマート農業
現代では単なる機械化を超え、ロボット技術やICTを活用した「スマート農業」が推進されています。 [1, 2]
  • 主な技術:GPSを活用した自動走行トラクター、農薬散布を行うドローン、AIによる収穫・選別など。 [1, 2, 3, 4, 5]
農業機械の基礎知識 | 株式会社クボタ

●炭鉱の衰退
・石油への転換
日本のエネルギーの主役は、1960年代の高度経済成長期に石炭から石油へと大きく転換(エネルギー革命)しました。 [1, 2]

石油への転換の歴史と背景
  • 移行の理由: 1950年代以降、中東などで大油田が相次いで発見され、採掘や運搬がしやすく効率的な石油の安定供給が可能になったため。
  • 自由化の契機: 1962年(昭和37年)の原油輸入自由化を機に、国内の石炭産業から石油への移行が決定づけられた。
  • その後の変化: 1970年代の石油危機(オイルショック)を経て、日本は省エネルギー化や天然ガス(LNG)・原子力などへの多様化を進めました。 [1, 2, 3]
現在は、地球温暖化対策や国際情勢の変化に伴い、さらに石油や化石燃料から脱炭素(再生可能エネルギーや水素など)へという新たなエネルギー転換の時代を迎えています。 [1]
web版化学プロセス集成 北海道人造石油物語 滝川工場 留萌研究所

・夕張新炭鉱事故(1981)

北炭夕張新炭鉱ガス突出事故(ほくたんゆうばりしんたんこうガスとっしゅつじこ)とは、1981年(昭和56年)10月16日に北海道炭礦汽船(以下「北炭」と表記)の関連会社「北炭夕張炭鉱株式会社」が経営する夕張新炭鉱(北海道夕張市。以下「北炭夕張新炭鉱」と表記)で発生したガス突出事故、およびこれに伴う坑内火災事故である。
最終的な死者数は93人にのぼり、戦後に発生した炭鉱事故の死者数としては1963年(昭和38年)に発生した三井三池三川炭鉱炭塵爆発の458人、1965年(昭和40年)に発生した三井山野炭鉱ガス爆発事故の237人に次いで3番目の事故[1]となった。

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・炭鉱町の消滅
エネルギー革命に伴う石炭から石油への転換や国の合理化政策により、日本の多くの炭鉱町は閉山とともに人口が激減し、集落そのものが消滅または無人化しました。 [1, 2, 3]
北海道における炭鉱町の消滅
  • 突然の閉山と無人化: 1970年前後(昭和40年代末)、北海道では羽幌炭鉱や雄別炭鉱、尺別炭砿などが相次いで閉山しました。 [1, 2, 3]
  • 自治体の消滅: 炭鉱施設と共に生活インフラや鉄道(羽幌線や国鉄の支線など)も廃線・廃止され、数万人規模だった人口がゼロになり、かつての街が地図から消えるように無人地帯や廃墟となりました。 [1, 2]
  • その後の動向: 夕張市や歌志内市など、かつて「炭都」として栄えたまちも急激な過疎化と財政・人口の深刻な危機に直面し、観光資源の活用や再生への模索が続いています。 [1, 2, 3]
圧巻!巨大すぎる炭鉱の廃墟「志免鉱業所竪坑櫓」へのアクセス方法・見どころ・注意事項 - Y氏は暇人

・夕張市の財政破綻(2007)
北海道夕張市は2006年に財政破綻(事実上の破綻表明)を表明し、2007年に全国唯一の「財政再生団体」へ移行しました。 [1, 2, 3]
破綻の概要と原因
  • 当時の状況: 実質赤字額は約353億円、標準財政規模の800%超。 [1, 2]
  • 主な原因:
    • 基幹産業だった炭鉱の閉山。
    • 観光事業(テーマパーク等)への過剰投資と失敗。
    • 不適切な会計処理による赤字の隠蔽。 [1, 2, 3, 4]
⚠️ 市民生活への影響
  • 住民負担: 日本一高い住民税・施設使用料・水道料金などの負担。
  • 行政サービス: 市立病院の閉鎖や公共施設の削減、職員の給与大幅カットなどの極度な緊縮財政。
  • 人口減少: 住民負担の増大とサービス低下により、人口減少に拍車がかかった。 [1, 2, 3]
現在の状況と今後(2026年時点)
  • 借金完済の見通し: 2006年の破綻から20年を迎え、長年の返済により今年度末(2026年度内)までに国への借金(再生振替特例債など)を完済する見通し。 [1, 2]
  • 今後の課題: 職員の給料カット終了や国との協議簡素化など再生の加速が図られる一方、深刻な少子高齢化と人口減少の中でのコンパクトシティ化や新たなまちづくりが急務となっている。 [1, 2]
【財政破綻の街】赤字を隠し続けた夕張市の末路

北海道は、「農業の大地へと再編される時代」となる。
北海道の「農業の大地へと再編される時代」というフレーズは、日本の食料安全保障や気候変動、地方創生などの文脈において、北海道が今後果たすべき役割や直面している変革を象徴する非常に重要な視点です。
この変革が起きている、あるいは今後加速すると言われる背景には、主に以下の4つの要因があります。
1. 国内の食料供給基地としての重要性の高まり
日本全体の人口減少や高齢化により、本州の多くの地域で耕作放棄地が増加し、農業の維持が難しくなっています。その中で、広大で平坦な農地を持つ北海道は、スマート農業(自動運転トラクターやドローンなど)を導入しやすく、効率的な大規模生産が可能です。日本の「食」を支える最後の砦としての再編が進んでいます。
2. 気候変動による「適地」の北上
地球温暖化の影響により、これまで本州で栽培されていた作物の品質維持が難しくなる一方、北海道が新たな栽培適地へと変化しています。
  • 米: かつては「おいしくない」と言われた北海道米が、品種改良と温暖化の影響で今や全国トップクラスのブランド米(ゆめぴりか等)になりました。
  • ワイン・果物: フランスの有名シャンパンメゾンが北海道にブドウ畑を拓くなど、世界的なワイン産地、あるいは高級果物の産地としての再編が進んでいます。
3. スマート農業とDX(デジタルトランスフォーメーション)の聖地
人手不足を補うため、北海道は日本で最も先端技術の導入が進む地域となっています。GPSを利用した大型農機の無人経営、AIによる収穫予測、データサイエンスを用いた土壌管理など、これまでの「経験と勘」に頼る農業から、「最先端の知性派産業」へと再編されています。
4. 1次産業からフードテックへの進化
単に農作物を育てるだけでなく、それを加工・流通させ、さらにバイオテクノロジーや代替肉、環境配慮型パッケージなどと組み合わせる「フードテック」の拠点としての期待も高まっています。
SODANE - 春を迎えた北海道十勝で今年の農作業が開始!最高の天気の広大な土地をトラクターが耕す


◆第1章自然史:氷河と火山がつくった大地(〜紀元前)
◆第2章古代:縄文・続縄文・擦文文化(紀元前〜13世紀)
◆第3章中世:アイヌ文化の成立(13〜16世紀)
◆第4章近世:松前藩の成立と交易支配(17〜19世紀前半)
◆第5章幕末:ロシアの脅威と国防(19世紀前半〜1868)
◆第6章明治初期:開拓使の設置(1869〜1882)
◆第7章近代:産業化と都市化(1880〜1945)
◆第8章戦後:開拓・農業・高度成長(1945〜1980)
◆第9章現代:観光・国際化・エネルギー(1980〜2020)
◆第10章未来:人口減少と新しい産業(2020〜)

◆総括:北海道史は“重層構造”である

人物伝記(開拓・行政・政治)
島義勇 — 札幌本府建設(1869)
東久世通禧 — 初代開拓長官(1869)
黒田清隆 — 札幌農学校創設(1876)
岩村通俊 — 北海道庁初代長官(1886)
永山武四郎 — 旭川開拓指導(1890)
中島武市 — 小樽港整備(1890)
伊藤長右衛門 — 札幌商工業育成
鈴木貫太郎 — 樺太庁長官(1920)
町村金五 — 北海道開発庁長官(1960)
横路孝弘 — 北海道知事(1983)
高橋はるみ — 北海道知事(2003)
鈴木直道 — 北海道知事(2019)
和田義明 — 道政・国政で活動(2010)
今金町長・佐藤修地方自治改革
小川原脩 — ニセコ観光推進(2000)
三好昭一 — 道議会改革(1990)
佐藤孝弘 — 函館市長(2015)
秋元克広 — 札幌市長(2015)
本間利雄 — 北方領土運動(1980)
中川一郎 — 北海道農政推進(1970)

アイヌ文化・民族
シャクシャイン — アイヌ蜂起(1669)
コシャマイン — 和人と抗争(1457)
クナシリ・メナシの人々 — 文化継承
知里幸恵 — アイヌ神謡集刊行(1923)

知里真志保 — アイヌ語研究(1930)
萱野茂 — アイヌ語辞典編纂(1996)
秋辺日出男 — アイヌ文化伝承(2000)
川村兼一 — 口承文化継承(1980)
藤戸文雄 — 民族芸能保存(1970)
貝沢正 — アイヌ民族運動(1980)
川村兼一 — 伝統儀礼復興(1990)
宇梶静男 — アイヌ文化普及(2000)
川村英 — アイヌ工芸保存(1990)
萱野茂 — 文化復興(1990)
ウポポイ関係者多数

学者・教育

クラーク博士 — 札幌農学校初代教頭
新渡戸稲造
— 国際連盟事務次長

内村鑑三 — 札幌農学校で学ぶ(1877)
宮部金吾 — 北海道植物研究(1900)
佐藤昌介 — 北大総長(1918)
高倉新一郎 — 北大農学発展(1930)
本多勝一 — ルポライター(1960)
梅棹忠夫 — 北方文化研究(1950)
田中舘愛橘 — 物理学者・北大関与
大島正満 — 北方民族研究(1950)
山田秀三 — 地名研究(1970)
小泉信三 — 北大講義(1930)
中村雄二郎 — 哲学者・北海道研究
佐々木高明 — 民俗学・北方文化
石井正己 — 北海道文学研究(2000)
山口昌男 — 文化人類学(1970)
小林多寿子 — 北方史研究(1990)
田端宏 — 北海道史研究(2000)
永田方正 — 北海道地理研究(1900)
大塚武 — 北方考古学(1980)

文化人・芸術
小熊秀雄 — 詩人・札幌出身(1930)
辻仁成 — 作家・札幌出身(1990)
三浦綾子 — 旭川文学(1960)
有島武郎 — ニセコで執筆(1910)
石川啄木 — 小樽で生活(1905)
北原白秋 — 北海道取材(1910)
松浦武四郎 — 蝦夷地記録(1850)
木田金次郎 — 小樽画壇(1930)
岩橋英遠 — 画家・道産子(1950)
神田日勝 — 十勝の画家(1960)
玉置勉強 — 漫画家・札幌(1980)
いがらしゆみこ — 漫画家・小樽(1970)
倉本聰 — 富良野ドラマ(1980)
森山大道 — 写真家・北海道撮影
中島みゆき — 札幌出身歌手(1970)
松山千春 — 足寄出身歌手(1970)
大黒摩季 — 札幌出身歌手(1990)
GLAY — 函館出身バンド(1994)
玉置浩二 — 旭川出身歌手(1980)
北島三郎 — 函館出身歌手(1960)
吉田美和 — 十勝出身歌手(1980)
安倍なつみ — 室蘭出身(1998)
大泉洋 — TEAM NACS(2000)
安田顕 — TEAM NACS(2000)
森崎博之 — TEAM NACS(2000)

産業・経済・科学
渋沢栄一(関与) — 北海道開拓支援
本庄陸男 — 北海道農政(1950)
田中角栄(関与) — 北海道開発庁強化
堀達也 — 北海道電力発展(1980)
石井純 — 北海道観光戦略(2000)
高橋はるみ — 観光立国推進(2005)
長谷川岳 — 北海道インフラ推進
堀井学 — スポーツ行政(2010)
鈴木亨 — ゴルフ界(1990)
清宮幸太郎 — 北海道日本ハム(2017)
大谷翔平 — 花巻→北海道球団(2013)
栗山英樹 — 日ハム監督(2012)
稲葉篤紀 — 日ハム選手(2000)
白井一幸 — 野球指導(1990)
張本勲 — 札幌出身野球選手(1959)

その他・地域の偉人(96〜100)

高田屋嘉兵衛 — 北前船・蝦夷交易
近藤重蔵 — 択捉調査(1798)
最上徳内 — 北方探検(1790)
松浦武四郎 — 蝦夷地命名(1850)
千島探検隊各員 — 北方調査